『湿原と酪農〜人の暮らしと自然との接点』では、釧路湿原に隣接して酪農を営われている鶴居村の一軒の農家さんからお話いただいた、酪農作業の概要、湿原に隣接していることで大変なこと、野生生物による被害、湿原や野生生物を守っていくことへの思いなどをトピックごとにまとめて紹介しています。


該当する単元
  小学校4年 社会

※各市町村郷土読本 酪農の仕事を知る単元

       
  中学校 地理

北海道地方〜自然環境を中心とした考察『日本の食料基地として』
(教育出版)


「酪農とタンチョウ」のページについて

 

(1)協力農家での1年の流れ

 

(2)テーマごとのトピック



この学習資料は、以下の点を守ってご利用ください
 

・商用利用の禁止 ・webへの転載を禁止


 1年を通して、朝、夕の搾乳、牛舎清掃を毎日行う。搾乳量は、1頭平均だと1回の搾乳で12〜13kgの乳が出ている。15kgくらい出る時もある。1回の搾乳で牛舎の全ての牛で500kgくらい、朝、晩の搾乳で合わせて1トンくらい絞っている。2日で2トンくらい。生乳は2日に1回、約2トンを集荷する。

 冬は除雪と、貯蔵してある餌を朝、夕に牛に食べさせる作業があり、11月から4月末までの6ヶ月は、毎日やる。朝の搾乳後、日中は牛舎の外に牛を出して運動させる。雨の日でも吹雪でも、屋根とコンクリートの壁があるので、冬でも牛を外に出す。牛も外に出してもらえると思って搾乳後待っている。出さないと乳量も落ちる。若牛は年柄年中外に出っぱなしで牛舎に入れても1時間とか2時間とか。ホルスタインは寒さに強いので、氷点下20度くらいでも全然問題ない。朝の作業で、夫婦二人で朝5時30分頃から始めて、4時間程かかり、朝、昼、夜の作業は二人でぎりぎりのレベル。 5月頃から放牧が、6月からは牧草の収穫が始まり、収穫した牧草はサイレージ(※1)にする。1番牧草の収穫は7月いっぱいで終わる。9月、10月は2番牧草を収穫し、ラップをかけて保管する。デントコーンを撒く農家は(※2)、5月20日頃に種を撒き、10月初旬頃までに収穫を行う。牧草は2番の収穫まで。3番まで牧草をとると、翌年の春に影響を及ぼすので、慎重に考えなければいけない。1番牧草は糖分が高く、牛の嗜好性が良い。2番牧草は夏の暑い時期に一気に伸びるので、見た目は量があるが、寒さに我慢して伸びていないので糖分が少なく、牛の嗜好性が少し悪くなる。2番牧草はラップフィルムで巻いて保管する農家が多い。サイレージにしてもあまり牛の食いが良くない。この牧場で食べさしているサイレージは1番牧草。2番牧草は、乾きもあまり良くないので、敷き藁にしたりラップをかけて保管したりする。そうしておけば、若牛に持って行って食べさせるなどができる。

  これらの作業に、牛のお産が入る。お産は夜が多いので、夜に起きてやらなくてはいけない。夜12時とか1時とか。お産は春に限らず、人工授精なので、時期はあまり関係ない。ここでは、どちらかというと、春より秋の方が多い。春に産ませてコストをかけないで青草で育てて乳を絞るのが一番いいが、上手くタイミングが揃わなければ、だんだん時期がずれてきてしまう。牛を外に出している間に、発情している牛は乗りあいっこしたりするので、そういうので見つける。冬でも外に放すことで、発情している牛がわかる。運動させないとそういうタイミングも見つけにくくて、分娩が伸びていってしまう。出産後、搾乳量は次第に落ちてくるので、分娩間隔は1年に1回が良いといわれている。ここでは、運動させるから割といいほうで、概ね1年に1産。

※1)家畜用飼料の一種で、飼料作物に乳酸菌を混ぜて発酵させたもの。上手に発酵したサイレージは豊富な有機酸が含まれ、家畜の良好な肥育に重要なものとなる。
※2)お話を伺った農家では、デントコーンの栽培は行われていない。



特に大変と思われること
鹿による被害
タンチョウによる被害
湿原に隣接して酪農を営んでいることの苦労
湿原や野生生物の保全に対しての思い


特に大変と思われること

 40年もやっているので、大変ということも考えていられないが、若い頃はヘルパー制度も充実していないので、息子の法事だとしても朝、晩は牛の世話をしなくてはいけないし、隣近所に頼むとしても、近所でも牛がいて世話をしているので、お互いに頼みずらい。最近はお金さえ払い、しっかり引き継ぎさえすれば、1日のかなりの部分を頼めるような専門のシステムができたので、そういう意味では最近はいいかなと思う。今やっている若い人達はそうした意味でいいかなと思うが。ヘルパー制度は20年前くらいからできてきたもので、酪農に携わって40年の内、半分くらいはそうした時代だった。家内もその時代は、とても苦労したと思う。子育てもあるし、子どもが病気になっても家で夫の仕事も手伝わないといけないということもあった。そういう意味では、今は、例えば一人ヘルパーを頼んで、自分の相棒として仕事を行うことも出来るので、夫婦2人揃ってというのは難しいが、1人であれば長期旅行を行うなども充分可能になってきた。お金はかかってはくるが。
 また、酪農は時間的に束縛されて大変であるが、自営業なので、自分でプランを立てて仕事を行う。仕事は大変だが、人に使われるのではなく、息抜きしようかと思えば、息抜きもできる。確かに餌の収穫や、天気に追われるとか、今に雨が降るということになって大変な時期はないわけではないが、ずっと長い目で見れば、誰にも束縛されないで自分のペースでいける。特に夏は放牧もするので、日中は融通が効く。

 

鹿による被害
 鹿による被害が多い。一番牧草もそうだが、二番牧草では、美味しいところを徹底的に鹿は食べる。それは牛にとっても美味しいところで、栄養価も高いところ。例えば、牧草地を更新したら、古くなったら牛の嗜好性も落ちてくるが、新しいうちはクローバーも多いし、種をまいたばかりで、そういった畑を鹿は徹底的にやる。本来、人間はそういう草を牛に食べさせたくて牧草地を更新するわけなので、そこを鹿も狙いうちしてくる。それがまいってしまう。広い畑だから鹿が少々食ったってと思うかもしれないが、鹿もターゲットを絞ってくる。雪が降って食べ物がなくなれば木の皮も食べるが、潤沢に餌がある時は、選んで食べている。ターゲットを絞って、群れを成して来て、徹底的に食べてしまう。収量がほとんどとれないということにもなり、そういう食べ方をする。数が増えれば増えるだけ、集中的にやられてしまい、おいしいところの草がなくなってしまう。もちろん生き物なので、自身で歩いて行っておいしいところを選んで食べることは仕方のないことだけど、それが困ってしまう。
 対策としては、有害駆除として鉄砲を持っている人に頼んでとってもらっているが、なかなか思ったより減っていないのではないかと思う。鹿は夜行性なので、昼は林の中で寝ているであろうが、夜に畑に出てくる。でも、夜は鉄砲は打てない。牛を放牧していると、そこに鹿も混ざって、近くだと音が聞こえるくらいバクバク食っている。なので、すぐなくなってしまう。こんな広い畑があるのだから、鹿の5頭や10頭と思われがちだが、我々が困るのは、せっかくお金をかけて更新した畑を絞ってやられること。だいたい、2〜3年集中してそこがやられるので困る。夏は笹などを鹿は絶対に食べず、蛋白のあるクローバーとかを集中して食べている。大豆粕などは蛋白が高く、自分の畑で蛋白をとりたいので、クローバーなどを撒くが、それを集中的にやられる。
   

タンチョウによる被害

 タンチョウもたまに来るが、ここではデントコーンは育てていないので、それほど被害というものはない。下久著呂、下雪裡あたりは多いのではないかと思う。
 デントコーンを撒いている牧場では、結構神経を使っているのではないか。冬にトウモロコシをタンチョウに与えているので、春に急に、もう出て行けといっても、なわばりを持っていない若鳥などは行き場もなく、居残ってしまっている。給餌のトウモロコシがなくなって少ししたくらいに、ちょうど畑ではデントコーンを撒くので、食べるのだろう。マルチをしていると、穴があいているところに種が落ちているので、余計狙われ易い。また、芽を抜けば根っこにまだ種がついているので、抜いて食べてしまう。昔はデントコーンを撒いていた時は、結構、それでやられたことがある。場所的には限定的なのだろうが、被害は甚大。環境省でも移動させるとかという話もあるようだが、今ある現実的な問題がある。

   

湿原に隣接して酪農を営んでいることの苦労
 国営農地開発事業(カイパ事業)で湿原を農地開発してもらったので、今の牧場の規模がある。湿原に生える牧草は少し牛の嗜好性が悪い。泥炭層の独特の臭いがあり、草は水と一緒に吸い上げてしまう。それが草の中に残るので、黒土の腐植土で伸びる牧草に比べると少し嗜好性は落ちるが、乳酸菌でサイレージをつくったりすれば、食べるので、そういう意味ではいいかと思う。谷地独特の背の高いの雑草が増えてしまって、更新を早くしないと、あれは極端に嗜好性が悪いので、増えてきてしまうと、早く起こし替えないといけない。除草剤を使っている人もいるらしいが、効かないらしい。せいぜい効いて2〜3年か。在来種なので、種が土に混ざっており、谷地独特の牧草が出てきてしまう。それでお金がかかるということはある。そういう更新したところを、鹿が選んで食べる。国立公園がすぐそこなので、鹿もねぐらはそこで、明渠を渡るとそこに畑があり食卓があるということだろう。自分としては、湿原の方も大事だし、これ以上開発していっても条件が悪くなれば、ますます採算が合わなくなってくるので、今くらいが限度かと思っている。今の自分の規模で2人で食べ、ヘルパーさんに頼みながら休日もとりながら、何とか生活していけるだけのお金はあるので、私の牧場では規模拡大する必要もないと思っている。放牧は自然に近いというか、自然にやわらない経営方針。自然にやさしい農業農法だと自分は思って40年ほどやってきた。
   

湿原や野生生物の保全に対しての思い

 自分で自分の生活を築いてきて、自分の経営面積の約6割以上は湿原を開発して得た土地で現在経営が成り立っている状態なので、一方で、いろいろな人と交流を深めたりすると、自分が子供の頃に感じていた釧路湿原とは全く違う。親父は湿原をあんな谷地はどうにもならんと、価値は何にもないという先入観しか頭になかったが、昆虫や植物など、子供の頃は、鶴がいるくらいしか、子供の頃はわからなかった。そういう意味で、価値もあるし、観光客もある程度来てくれるような場所であるということは、だんだんわかってきたので、我々もそこで上手く折り合いをつけなければならないと考えるようになってきた。やりたい放題のことをやれという考えはなくなってきたのではないかと思う。それは、タンチョウコミュニティ(※)の活動の努力もあると思う。
 周辺地域で農家をやっている人は、条件も悪いところもあるが、今までみたいに開発するということもないのではないかと思う。上手いこと折り合いをつけて、保護するところは保護してもらって、と思っていると思うが。今使っている畑の近くで湿原の水位が上がってということが起こってくれば、また話は違うと思うが、今のところ、使えるところは使っていけてるので、このまま行くのであれば、保護するところは保護してもらって、やってくれればと思う。自分は子どもの時からここで育ってきているので、湿原がどの辺りまで広がってということが頭にあるので、それを自分達の畑に使っているということも頭にはあるので、そういうことを考えれば、現実をわかっているので、余計にそう思う。子どもの頃はすぐ下が湿原だったし、それがぐるっと畑になって、湿原が後退しているのは事実なので、そういうのを目の当たりにして見てきているので、保護する意味も良くわかる。

※)地域や立場を超えた人とのつながりを広げていくことで、人にもタンチョウにも住みよい地域社会の環境を整備し、タンチョウの保護や地域の振興に寄与していくことを目的として鶴居村を拠点として活動する地域団体

   

学習資料に戻る